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アラスカの鷲おばさん

”アラスカの鷲おばさん(イーグル・レディ)”  
Jean Keene(ジーン・キーン)

 Homer, Alaska


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ジーン・キーンのトレーラーハウスは細長い岬のそのまた端っこの浜辺にあった。 強い海からの北風から身を守るように、トレーラーと小さな物置きが、直角にひっそり肩を寄せ合うように並んでいた。 アラスカの冬は暗くて長い。 朝の10時過ぎにようやく夜が明けて、夕方4時には暮れてしまう。 ジーンはボクがくるのをトレーラーの小窓から見ていて、先に外に出て待っていた。 「私の子供達(鷲)が腹を空かせて待っているのよ。これから餌をあげなければならないけど、あなたは私のパテオ(小さな庭)から写真を撮りなさい。危ないから外に出てはだめよ」

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ジーンが魚の詰まった重いバケツを引きずって砂浜にでると大きな鷲達がどこからともなく集まってきた。鷲に混ざって何百羽のカモメやカラスたちも集まり賑やかな朝食が始まった。

 

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アメリカのシンボル白頭鷲は一時期絶滅に危機に遭ったが、人々の手厚い保護のもと現在は南はフロリダから北のアラスカまで幅広く見られるようになった。しかしそのアラスカでも鷲を間近くで見られるのはなかなか難しい。有名なヘインズのイーグル祭りは、サーモンが川を昇る秋口にヘインズのチルカット川に集まる鷲を見ようと人々が集まるようになってから始まったものだが、しかし至近距離から姿を見られるのは冬の間ジーンが餌付けしているこのホーマーだけで、その噂をききつけて世界中から動物カメラマンが集まるようになった。それに伴いジーン・キーンは雑誌やテレビなどに取り上げられ、”イーグル・レディ”として世界的に有名になったのである。

 

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アラスカに住む人たちはエスキモーなど先住民をのぞいて大別して2つのタイプに別れるという。一つは一昔前のゴールドラッシュに代表される、アラスカに出稼ぎに来てまた金を持って?本土に帰る人たち。もう一つがアラスカの自然に魅了され住み着いてしまった人たち。ジーン・キーンはその後者に属する。 彼女が初めてアラスカにやってきたのは1973年、50才の時だった。フェアーバンクスの従兄弟の結婚式に出席したのが最初だった。そのあとミネソタに戻ったジーンだったが、アラスカへの想いは熱病となって熱く心を奪っていった。54才になったジーンは決心した。家財を売り払い、1万5千ドルでトレーラーを買ってまたアラスカへと向かったのだ。離婚してから10年目。一人の息子はミネソタに残したままだったが後悔はなかった。 そしてここホーマーで水産加工の仕事を見つけると、キャンプ場のオーナーはジーンが一年中トレーラーを止めておけるよう許可してくれた


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 動物好きのジーンはキャンプ場に集まる小鳥たちに餌をあげるようになったが、ある時仕事場から持ち帰った魚を空中に放り投げると、近くにいた鷲があっという間にかっさらっていった。そしてその次の日からジーンが持ち帰る魚のバケツは2コになり、3コ、4コと増えていった。1995年に会社を止めたジーンの仕事は、鷲たちのための魚集めが主になった。鷲は1日に2~3ポンドの魚を食べ、300羽に増えた彼らには800ポンドの魚が必要になる。はじめのころはジーンの行動を変人扱いし、反対する漁業関係者もあったがジーンは挫けなかった。翌年の冬顔を覚えた鷲がまた彼女のトレーラーハウスに帰ってくると、餌付けをホッポリ出すわけには行かなかったのだ。やがてジーンには動物愛護団体などから応援の手が差し伸べられるようになり、昨年のイーグル祭りでは特別表彰を受け、これまでの功績がたたえられた。


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ホーマーを去る前の夜、ボクはジーンを誘って夕食に出かけた。80歳近いジーンは目を疑うくらいおめかしして真っ赤なジャケットでレストランに現れた。両方の指にはそれぞれ3個ずつの大きな指輪が光り、ルージュの口紅に細切りのタバコが似合った。毎日魚まみれの生活でも、女としての自分の生き方を忘れないジーンの粋を感じた。 「毎年クリスマスが来るともう今年で終わりだと思うのね。でもこの子たちを見ていると勝手に止めるわけにいかないの。それにこんな魚臭い仕事をただでする人なんかいないしね」と大きな眼鏡の奥が光った。冬の寒さはジーンにはことのほかこたえるに違いない。ミネソタに住む息子は母親に一度も帰ってこいとは言わない。その代わり小さなコンピューターをプレゼントした。ジーンは長い冬の夜電気毛布にくるまって、浜辺のトレーラーハウスから世界中の友人達とメールで交信する。つけっ放しのラジオからは60年代の流行歌が流れていた。

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ジーン・キーンは昨年(2009年1月13日)85歳で亡くなりました。そして彼女の死とともに野生の鷲たちに餌をやる事は禁止されました。しかし長い間エサをもらっていた鷲たちの事を思い、アラスカ,ホーマー市長はジーンが死んでから60日間はエサを与えても良いと特別許可を出したそうです。あんなにたくさん集まって来た鷲たちは今はどこへ行ってしまったのでしょうか?
 http://www.baldeagleinfo.com/eagle/JeanKeene.html

 

 



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プロフィール

カズさん

Author:カズさん



全米の国立公園全58カ所を踏破したカメラマンが、60歳を機にアメリカ探険に再挑戦。観光では行けない、大自然と野生動物たちとの出会い。そして故郷日本へ帰り日本の野生動物、心の風景そして祭りに感動、28年ぶりの「日本再発見」を紹介します。それぞれの作品はデジブックのスライドショーで楽しめます。



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